【哀】アンタッチャブルな罪
ツイッターのタイムラインで「刑事コロンボ」の話が出てて、それでひさしぶりに見たいなー、って思った。
お父さんとお母さんが好きで、だから私も、子供のころから一緒に見てたからねー。
そしたら、この前、ラジオ番組で「刑事コロンボ」のことやってて、解説と一緒にテーマ曲が流れてた。
コロンボは、最初に犯人が出てきて、殺人をする。
その犯行シーンがちゃんとあきらかにされたあとで、コロンボが登場して、犯人といろいろからみながら、少しずつ真相をつきとめていく、っていう展開。
最後は犯人が逮捕されるんだけど、コロンボは殺人なんてやった犯人に憎しみをぶつける時もあるし、殺人をした犯人だけどその人を嫌いになれない時もある。
そんな、だいたい決まったパターンでつくられてるドラマだけど、ひとつ、ちょっとラストが変わっているのがある。
「忘れられたスター」
っていう、作品。
※アマゾンでDVDの画像が出てこなかったので、人のブログで作品紹介。
※このブログでもネタバレしてるけど、私のこの記事もネタバレがあります。
かつてスターとして輝かしい活躍してた女優グレースが、いろいろあって、引退みたいに追い込まれて。
でも、年とってから、またスターとして復帰を夢みる。
結婚した相手は資産家のお医者さん。
だから、復帰の資金はぜんぶ夫に出してもらうつもりでいたけど、夫は復帰をぜったい許してくれなかった。
それで、グレースは夫を殺しちゃう。
そして、コロンボが登場して、これは妻の犯行じゃないかって疑って、少しずつグレースを追いつめていく。
グレースは、そんなコロンボにイライラして、いろいろ言い訳を重ねていく。
コロンボは、グレースの言い逃れができない証拠を掴んでいくんだけど、その証拠探しの途中で、殺された夫がグレースの復帰を拒んでいたほんとうの理由を知っちゃう。
グレースの脳には手術が不可能な血腫があって、いつ破裂して死ぬかもしれない身。
だから激しいダンスなんてぜったいできるカラダじゃなかった。
夫を殺したあと、コロンボに追いつめられていくあいだも、グレースの脳の疾患は悪化し続けてて。
最初は故意に犯行をとぼけてて、コロンボにいろいろ言い訳してたけど、そのうち、ほんとうに自分が夫を殺したことまで忘れていって。
コロンボがグレースを逮捕できる時になって、グレースは自分の犯行をぜんぜん覚えてなかった。
逮捕されなくても、まもなくグレースは死んでしまうカラダ。
だから、グレースをずっと愛してた、かつてのスターのコンビの片割れだったネッドが、
「自分がグレースの夫を殺した」
って、自白する。
自分の犯行の記憶がなくなっちゃってるグレースは、そんなネッドの身代わりの自白を信じて、「自分の夫を殺した」ネッドに涙する。
でも、それすら数秒後にはグレースは忘れてしまって……。
コロンボは、グレースの犯行だっていう証拠をつかんでいるのに、グレースを逮捕できなかった。(わざとしなかった)
グレースが夫を殺した、っていうことは、第三者の目から見てあきらかな事実。
でも、夫を殺した、っていうことを忘れてしまったグレースの中には、自分の罪の事実がない。
罪の記憶がなくなれば、その人の中では、「罪」そのものが存在しない。
グレースは、記憶を失うことで、潔白になっちゃった。
客観的にはぜんぜん潔白ではないんだけど、だれも罪の記憶をなくした人に、その人の罪をつきつけれなくなる。
グレースは自分がおかした罪の事実に対して、なにひとつ償いの意識をもたないことに、どんな疚しさも抱かない。
だって、グレースは「自分は夫を殺してない」って、心の底から思っているんだから。
自分がやったことは、その自分が記憶にとどめておかなければ、「やってないこと」になる。
どんなに人を傷つけたり人を殺したりしても、それを覚えていなければ、その人の傷もその人の命の喪失も「他人事」。
罪の記憶をなくした人のおかした罪は、とっても最強。
その罪に、もーだれもタッチできなくなる。
アンタッチャブルな罪。
もし、客観的な罪の事実によって、その罪をおかした人を罰したとしても、罪の記憶がなくなった当人にとっては、自分が被害者の意識になるだけだよね。
「なにもしてないのに逮捕された」
「なにもしてないのに批難された」
「なにもしてないのに」
自分のしたことを覚えていれないのは、罪だけが消えるわけでなくて、その人のそれまでの時間が消失しちゃう。
第三者の目には、たしかにその人はそこにいるのに、その人の中では自分の軌跡の記憶がなくなってて、その人は自分の中で自分を消してしまう。
それは、哀れでもあるけど、とても哀しい。
消えた記憶を、外部がどんなに追って、探って、つかまえよーとしても、外部の人がつかまえたそれは、その記憶をもともと持っていた本人にとっては、それが自分のもの、ってこともわからない。
自分の記憶なのに、その記憶について他人がどんなに言語化しても、その記憶をなくしまった人には、それが自分のことだとぜったいわからない。
わからないから、その罪の糾弾を自分でもしちゃう。
グレースも、グレースをかばってウソの自白をしたネッドに、なんで夫を殺したのかってなじった。
自分の罪を、自分のものだとわからなくなると、その罪を掲げて、ちがうだれかをなじっちゃう。
この哀しさをコロンボはわかったから、コロンボはそこでグレースには通じなくなった正義をかざさなかった。
グレースを逮捕しないで、グレースを罪人にしなかった。
黒い記憶をなくしただれかの白さを、そっとしておく。
これも哀しい慈悲。